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沢田知可子の会いたいは実話?でも裁判してたってマジ?結果は?

「会いたい」を聞くと、なんだか心が痛い気持ちになって悲しいけれど記憶に残る曲だったのを思い出します。

ちょっと大人な曲すぎて、好きとか嫌いとか言えるような曲ではなかったんですが、

嫁はすごく好きで、テレビ番組を見ながら歌っていましたね。

結構今でも、カラオケの時に時々歌っているようです。

沢田知可子さんの声もすごく印象的で、「会いたい」という曲にとても良く合っていましたよね。

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沢田知可子のプロフィールは?

沢田知可子さんは1963年生まれの現在53歳です。

1987年に「恋人と呼ばせて」でデビューしますが、その前はなんと高校卒業後、社会人として働いていたそうです。

一度社会人になったけれど、どうしても夢を追いかけたかったんでしょうね。

埼玉県にあるライブハウスで活動している時に、渋谷のライブハウスのマスターにデモテープを持っていき、

「業界の方へ渡して」と伝えたことがきっかけでデビューします。

この時には会社を辞めていたんでしょうか?

よく分かりませんが、プロとして歌いたいという決意が分かるエピソードですよね。

1990年にはこの年の6月にでた「会いたい」がロングヒットになり130万枚を突破します。

1991年の「全日本有線放送大賞」でグランプリを受賞し、「NHK紅白歌合戦」にも出場しています。

4年後には紅白に出られるなんて、とても順調に売れている感じがしますね。

「会いたい」という曲は、2000年に「21世紀に残したい泣ける名曲」で1位に選ばれます。

そのくらい記憶に残る有名な曲なんですね。

そんな「会いたい」という曲がなんだか裁判にまでなってしまったようです。

その時は、ほとんどテレビを見ていなかったので詳しいことは知りませんでしたので、少し経緯などを調べてみました。

沢田知可子の会いたいは実話?誰が作詞?

沢田知可子さんの歌う「会いたい」は、作詞は「沢ちひろ」さんという方が作られたそうです。

しかも歌詞は沢ちひろさんの実話に基づいて作られたようで、沢ちひろさんにとってとても思い入れのある歌詞なんだとか。

なんでも、小学生の頃に亡くなられた母親を思って書いたそうですよ。

そりゃあ思い入れありますよね!

でも私の記憶によると、学生時代に先輩を事故で亡くした時の歌詞、だったと思ったのですが、

それは沢田知可子さんが勝手に話していたエピソードだったようです。

当時を思い出せないので、どういう風に話されていたのか覚えていませんが、

沢田知可子さんの実話と勘違いしてしまった人もいるのではないでしょうか?

沢田知可子は会いたいの歌詞で裁判してたってマジ?結果は?

沢田知可子さんは訴えられた方のようですね。

相手は作詞をした沢ちひろさん。

きっかけは2013年にバラエティ番組で「会いたい」という曲の歌詞を変えて歌ったことでした。

バラエティ番組だったので、ちょっとふざけた歌詞だったようです。

そして2014年に沢田知可子さんが発売したアルバムの中に入っていた「会いたい with INSPi」

タイトルを変更して出しました。

この2つの件で沢ちひろさんから、替え歌で精神的苦痛を受けたことを訴えられました。

他に販売元に対して、タイトルと歌詞を無断で一部改変したとして著作者人格権侵害で提訴していました。

替え歌にされたことで、お母さんへの想いをバカにされたような感じがしたのかもしれませんね。

結果は、沢ちひろさんが2015年に訴訟を取り下げる形で終了しています。

示談か何かされたのかな?と思ったのですが、裁判によるストレスで沢ちひろさんは緊急入院。

そのストレスをなくすために取り下げたそうです。

ではそのまま仲が悪いままなのかな?と思ったのですが、

沢ちひろさんは最後の作詞である「冬のほたる」を、沢田知可子さんに託したそうです。

表に出ない形できちんと話し合ったのかもしれませんね。

沢ちひろさんはすでに亡くなられていますが、亡くなられる前に「わだかまり」がなくなって良かったと思いました。

まとめ

まさか「会いたい」という曲で沢田知可子さんが訴えられているとは思いもよりませんでした。

歌は、作曲家・作詞家・歌手の3人がうまく合わさってヒット曲になるんでしょうね。

いつも歌手ばかり注目を集めていますが、ヒット曲とか出ると作曲家や作詞家の方も思い出そうと思いました。

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